読書感想文|働き方 稲盛和夫/著 — 三笠書房

稲盛和夫さんが2009年に出版された本。

とても有名な方であり、もう80年以上生きておられる。
私ごときのうつけ者が、何をか言わんやなのだが、一応この前まで「ブラック企業」なるものを監督する仕事をしていた身として(さらにそこから離れて無責任になった身として)、現代日本人の「働き方」の源流となっている思想に触れてみたい。

(なんて大層な理由からではなく、図書館の「就職お悩みコーナー」の様な棚にあったので、なんとなく手に取ったんです。)

私は昔から常々「働き方」について悩んでおり、いつも上手く働けていないと感じている。
この度も、32歳嫁子持ちにして国家公務員を退職するという、世間的にあるまじき事態が起きるなど、俺ほど「働き方」が下手くそな人間は中々いないと自負している。

さてさて、この本であるが、著書の稲盛さんが込めているメッセージはこういうことではないかと思う。

「働くと人間性が向上して、それって超楽しいぜ。だから、生活すべてを労働に捧げようぜ。そんな世の中、素敵やん?」

いやもうほんとその通りだと思う。
ぐうの音もでない。
よし、働こう。

・・・

んぁあやっぱダメだぁ。

この本を読んで、稲盛哲学には致命的な「バグ」があるのではないかと思った。
以下、本書より引用します。

『好きになれば、どんな苦労も厭わず、努力を努力と思わず、仕事に打ち込めるようになる。仕事に打ち込めるようになれば、おのずと力がついていく。力がついていけば、必ず成果を生むことができる。成果が出れば、周囲から評価される。評価されれば、さらに仕事が好きになる。』

「力がついていけば、「必ず」成果を生むことができる」

果たして、そのようなものが、自然界に存在するだろうか。

俺は魚釣りが趣味だが、この世界では、どれだけ準備をしても、どれだけ環境が良くても、どれだけ腕が上達しようとも、丸一日竿を振り続けて「ボウズ」なんてのはざらにある。
それで、そんなベテランの横で、初めて釣り竿を握った幼稚園児が大物を釣り上げることもざらにある。

ビジネスの世界だって、マネジメントが上手くなされずに成果が出なかったり、成果が出てもそれを横取りしていく上司がいたり、保身や人件費のカットのために、そもそも成果がなかったことにされるなんてことも、ざらにある。

しかし、稲盛哲学では、成果が出なかった責任は全て「本人の努力不足」に帰せられる。
これはしんどい。
というか、明確に誤りである。

その点、稲盛さんも、「どれだけ熱意や能力があっても、その人物の考え方次第で、その仕事はマイナスにもなり得る」旨、後述している。
しかしそこでも、そのマイナスの「考え」を持つ主体が、組織であり、システムであった時に、「働く人が潰れる」可能性については言及していない。

さらに、「仕事に打ち込むことで人間性が向上する」という考えを持つ稲盛哲学は、不況によって論理の逆流が起こる。
つまり、「仕事を頑張るから、成果が出て人間が成長する」という理屈が、「成果が出ないのは、人間性が貧しいやつが仕事をしているからだ」という理屈に変化してしまう。

だから真面目な人間ほど、自分を「人間としてダメなやつなんだ」と思い、努力の上に努力を重ねた結果、過労死・過労自殺に至ってしまう。

しかし、逃げ口上を打つ訳ではないが、俺は、これらの点をもって稲盛さんを責めるのはそれも違う気がする。
実際、彼の時代、彼の環境ではその考え方が通用したんだし、それで圧倒的な結果を残してきたのだから、そのコツを他人に教えようと考えるのは人として自然なことだろう。

ただ、稲盛和夫という権威のバグに付け込んで、マネジメントの稚拙さを隠蔽したり、理不尽に給与を削減するなど、悪意を持って稲盛哲学を使うのであれば、その企業は「ブラック企業」だという、社会からの誹りを逃れられないだろう。

「労働は、なんだかんだいいもんだ」

これはかなりの部分、真実だと思う。

だからこそ、その取扱いには注意が必要だ。
だからって、人を傷つけてもいい理由にはならない。

そんな青くさいことを思いながら、ノートパソコンの内側に詰まる半導体を使って、元国家公務員の失業者である私は、こうして必死で文章を書いている。
1円の金にもならないけれど。

労働は、尊いんだもん。